おととい、お日さまの上海ファンミーティングが無事に幕が閉じました。
台風13号接近で飛行機がほとんど欠航になったり、上海市内も昨日豪雨降ってたし、
ニュースを見てたら、なんと1949年以来上海を直撃する最大の台風だったそうで、
お日さまが無事に帰国できることをドキドキハラハラしながら心から願ってました。🌟
そして映画【雨光 비광 Portrait of a Family】の公開まで1ヵ月を切りました!🎬
お日さまが演じるナムミについて詳しく紹介された最新記事がアップされましたので、
ここで皆様にご紹介したいと思います。
[Sトーク]ハ・ジウォンはまた一度、自分の顔を消した…『雨光』のナムミ
[S톡] 하지원은 또 한 번 자신의 얼굴을 지웠다.. ‘비광’의 남미
2026.8.10
俳優にとって最も難しいことは、新しいキャラクターを作ることではない。すでに大衆が知っている自身のイメージを消し去ることだ。そしてハ・ジウォンは、その難しいことをデビュー以来着実に繰り返してきた数少ない俳優の一人だ。
映画『雨光』でハ・ジウォンが演じたナムミは、そういう意味において彼女のフィルモグラフィーを書き換えさせる人物である。華麗なアクションも、感情を爆発させる涙の演技もない。その代わり、沈黙と空気感、そして説明しきれない不安で観客を圧倒する。
ナムミは簡単に定義されない。善人でも悪人でもない。被害者であると同時に誰かにとっては加害者として映り、現実を生きる人物でありながらも、一風変わった雰囲気を纏っている。こうした曖昧さは一歩間違えれば俳優の演技をぼやけさせてしまいかねない。しかしハ・ジウォンはその空白を、過剰ではなく節度で満たしている。
■ 表情を削ぎ落としたことで、感情がより鮮明になった
ハ・ジウォンの演技を思い浮かべると、大抵は強烈なエネルギーが真っ先に思い出される。『チェオクの剣』のチェオク、『TSUNAMI -ツナミ-』の強い生存者、『シークレット・ガーデン』のキル・ライムまで、彼女の代表作はいずれも爆発的な感情とダイナミックな身体性を基盤としている。
しかし『雨光』のナムミは正反対だ。感情を外に表すというより、内に沈み込ませる。一言のセリフよりも一つの視線が長く残り、顔の筋肉の微細な動き一つがストーリーを紡ぎ出す。観客は、ナムミが何を語るかよりも何を隠しているのかを読み取ることになる。
ハ・ジウォンはこの微細な感情の機微を最後まで保ち続ける。だからこそ、ナムミは説明というより余韻として記憶される。
■ 「生活の演技」と「ジャンルの演技」の境界を崩す
『雨光』は現実と非現実、日常とジャンル的な緊張が入り混じった作品だ。このような映画において、俳優は二つの世界を同時に納得させなければならない。
ハ・ジウォンはナムミを過度にジャンル的に消費しない。むしろ私たちが実際にどこかで出会いそうな人物のように、生活の質感を纏わせる。自然な呼吸と話し方、平凡な動きが積み重なることで、ある瞬間から説明のつかない異質感が染み込んでいく。
このバランス感覚は、長年にわたり様々なジャンルを行き来してきた俳優だけが生み出せる密度である。
■ 年を重ねるのではなく、深みを積む俳優
ハ・ジウォンのフィルモグラフィーを見ると、興味深い変化がある。かつてはキャラクターを引っ張っていく俳優だったとすれば、いまやキャラクターが自ら生き生きと動き出すのを待つ俳優となった。
『雨光』のナムミは、その変化が最も鮮明に現れる人物だ。無理に観客を泣かせたり驚かせたりはしない。その代わり、小さな揺らぎ一つが人物全体を揺るがす力を持つ。これは経験からしか生まれない演技だ。
俳優が自身のテクニックを隠し始めた時、初めて本当の演技が見えてくるということを、ナムミは証明している。
■ ハ・ジウォンのもう一つの転換点
俳優にとって転換点とは、ヒット作だけで作られるものではない。時には興行成績よりも長く心に残るキャラクターが存在する。ナムミはまさにそんな人物だ。
観客が映画を観た後に最も長く思い返すのは、事件ではなく「人間」である。そして、その人間の顔には最後まで説明しきれない感情が残されている。
ハ・ジウォンは『雨光』でまた一度、自分自身を繰り返さなかった。すでに十分に上手にできる演技を選ぶ代わりに、見慣れない顔を作り出す道を選んだ。
■ 華麗さより沈黙が強く、感情より余白が深かった
だからこそ、ナムミは単なる映画の中の人物ではなく、俳優ハ・ジウォンが今どこへ向かっているのかを示す道しるべのように残る。華麗さより沈黙が強く、感情より余白が深かった。
『雨光』のナムミは、ハ・ジウォンが自身の演技人生においてもう一つの新しい季節を始めたことを告げる、最も静かでありながら最も強烈な宣言である。
元記事:こちら
今日アップされたニュース記事は、『雨光』のナムミについての紹介はもちろん、
女優ハ・ジウォン、そしてその演技についての分析があまりにも的確で、
こんなにも素晴らしい記事を書いてくださった記者さんに心から感謝したくなりますね。
(※記事内でお日さまが演じるナムミのお名前の誤表記があったため、
こちらでは正しい表記に訂正してご紹介します😅)
記事の深い分析を読む限り、すでにメディア試写会が行われ、
一足早く『雨光』を鑑賞された記者の方々もいらっしゃるようですが、
個人的に特に心へ響いたのはこちらの分析でした。
「ナムミは簡単に定義されない。善人でも悪人でもない。
被害者であると同時に誰かにとっては加害者として映り、
現実を生きる人物でありながらも、一風変わった雰囲気を纏っている。」
「しかし『雨光』のナムミは正反対だ。感情を外に表すというより、内に沈み込ませる。
一言のセリフよりも一つの視線が長く残り、顔の筋肉の微細な動き一つがストーリーを紡ぎ出す。
観客は、ナムミが何を語るかよりも何を隠しているのかを読み取ることになる。
ハ・ジウォンはこの微細な感情の機微を最後まで保ち続ける。
だからこそ、ナムミは説明というより余韻として記憶される。」
「ハ・ジウォンはナムミを過度にジャンル的に消費しない。
むしろ私たちが実際にどこかで出会いそうな人物のように、生活の質感を纏わせる。
自然な呼吸と話し方、平凡な動きが積み重なることで、
ある瞬間から説明のつかない異質感が染み込んでいく。」
かつてトップスターだったナムミは、夫チュングの娘ドンジュの登場をきっかけに一度彼と別れ、
生計型タレントとして厳しい現実を生きていくことに。
しかし8年後、ドンジュが殺人事件に巻き込まれたことを機に、
ナムミはチュングたちと共に彼女を救うべく立ち上がります。
今日の記事を読んで、ナムミも『クライマックス』のサンアと同じく、
決して一筋縄ではいかない難役なのだと実感しました。
これまで演じてきたダイナミックで感情を露わにするキャラクターとは一線を画す、
内面の深く繊細な機微が求められる役柄。
それだけに、1023として期待で胸がいっぱいになりますね💕
さらに、ナムミという役に留まらず、女優ハ・ジウォンのこれまでの歩みや
フィルモグラフィーに迫った分析にも思わず深く頷いてしまいました。
「ハ・ジウォンのフィルモグラフィーを見ると、興味深い変化がある。
かつてはキャラクターを引っ張っていく俳優だったとすれば、
いまやキャラクターが自ら生き生きと動き出すのを待つ俳優となった。」
「ハ・ジウォンはナムミを過度にジャンル的に消費しない。
むしろ私たちが実際にどこかで出会いそうな人物のように、生活の質感を纏わせる。
自然な呼吸と話し方、平凡な動きが積み重なることで、
ある瞬間から説明のつかない異質感が染み込んでいく。
このバランス感覚は、長年にわたり様々なジャンルを行き来してきた俳優だけが生み出せる密度である。」
「ハ・ジウォンは『雨光』でまた一度、自分自身を繰り返さなかった。
すでに十分に上手にできる演技を選ぶ代わりに、見慣れない顔を作り出す道を選んだ。」
特に「年齢を重ねるのではなく、深みを積む俳優」という見出しには、首がもげるほど激しく共感!
感情を大きく爆発させる圧倒的な演技も魅力的ですが、『クライマックス』のサンアで見せてくれたように、
自然体なセリフ回しや微細な表情の変化ひとつで観客の心を揺さぶる深みのある演技には、
どうしても心を揺さぶられずにはいられませんね。💕
『雨光』で再び出会えるであろう、さらなる深みを増したハ・ジウォンの新たな演技。
スクリーンで対面できる日が、今から待ち遠しくてたまらない!🌞



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